私はスズメ蜂、親子3代にわたる葛藤と報復について語らせてもらう。
 私達一族は、富里市のとある庭先を住み処としている。ここには居を構えるに最適とは言えないまでも、何とか我慢出来るものが揃っている。手頃な立木、虫・クモ・足長蜂等々エサは豊富で、あるじ達が余計な事さえしなければ、まあまあとは言わず最適なのである。
 話の始まりに、葛藤と報復の対象である、あるじ家族を紹介しよう。
 あるじは、ハゲで白髪で眼鏡をかけたチビで、何やら知らぬが竹を加工した棒切れを振り回しながら、草が伸びたの、枝が張り過ぎたのとぶつぶつ言いながら家のまわりを歩きまわり、その度に見張り役を忙しくさせ、いなくなったと我々を安心させておいて、枝を切り始めたり、エサの大敵である殺虫剤や除草剤を撒いてまわる。困ったものである。我々もバカではないから、あるじがこんな事をするのに周期があることが判ってきた。ついては、あるじの雇い主に乞う、奴がこんな事が出来ないよう、我々のためにこき使ってほしい。これは一族の悲願であるからして、よろしくお願いしたい。
 (奴らはやっぱりバカだ。切ったり撒いたりは土・日ではないか、雇用というもの
 を知らないのか。土・日まで仕事じゃ死んじゃうよ、奴らの思う壺だ…これはある
 じの弁である。)
 次にかみさんは、やっぱりチビで太った体躯の持ち主で、たまに庭を歩きまわる。
ある時、かみさんとあるじが話しているのを聞いたが、「やせたなあ〜」と言っている。前にはもっと太っていたのだろう。付き合いが短いから我々には良くは判らないが。このかみさんは、たまに切れない植木バサミでチョキチョキやるが、あるじほどでなく、日当たりが良くなり旨いエサも寄って来るので歓迎している。立木はかみさんがお花の材料に使うためのようで、我々は住み処が確保出来るし、ひどい事をしない限り感謝し、何もしないつもりだ。
 次に娘が居た。これは切ったり撒いたりはしないで、気が向けば草取りをやっていた。これもエサに良いので我々は歓迎していたが、この頃見えなくなった。彼氏でも出来たのか、我々は草取り役がいなくなってガッカリである。
 次に息子も一人居るが、これは何もしない。朝早く車で出かけ、夜遅く帰ってくる。何をやっているんだか。我々には無害であり、これに早く跡を取って欲しいものだと皆で話している。そうすれば仲良くやっていけるだろうし、一族も益々繁栄するだろう。
 さて、話は3年前、我がばあさん女王が何を思ったのか、あるじの家の雨戸の戸袋に居を構えた。
 この頃はあるじは何も気付かず、「スズメ蜂がとんでるなぁー」とかみさんと話している程度だったし、夏の間は雨戸を閉めるようなようなこともなく、住み処も安全だったから仲良くやっていけそうだと思っていたようだ。(私はいなかったが、先代はそう思ったと聞いている。)
 ところがある日、例によってあるじが垣根のサザンカを剪定し始めた。その時、我が先祖の一匹が近くでエサを獲ろうとしていた。先祖はエサは逃げるし、このヤローとばかりにあるじの右後頭部に一撃をかませてやったそうだ。
 以下は一撃をかませた当蜂の報告書の写である。
 『あるじは言った、「痛ぇー!何かに刺された、早くアロエを取って来てくれー」かみさんは、よたよた走って取って来た。あるじはアロエをむいて、一撃をくらったあたりにすり込みながら、「何だろうなー、バチッとかまれたような、刺されたようなスゴイ衝撃だった」と言っている。(そうなのだ、我々が刺すのは衝撃なのだ。これは私の弁)
 「ミツ蜂には何度も刺されているから、蜂が刺す痛みは判っているんだが」とあるじ。「スズメ蜂じゃない?」とかみさん。「こんな所にそんな痛みを伴う刺し方をする虫はいないよ」とかみさん。「場所が場所だから医者に行ったら」とかみさん。「マムシに噛まれたのもアロエで治したんだから大丈夫だ」とあるじ。そう言いながら何度も何度も塗っていた。』
 この一撃を与えた当蜂は仲間から「我々を意識させることをした」と非難を浴びたと書いてあり、憤懣やる方ない当蜂の報復と悲劇が次に訪れる。
 アロエが効いたのだろう、あるじには何事もなく、我々にとっても「スズメ蜂じゃない」程度で平穏な日々が過ぎていった。
 しかし、非難の対象となった当の蜂は、急所を狙ったのにあのヤローと恨みが骨づいだったのだろうと思うしかないが、晩秋の晴れた暖かいある日、乾かしてあるあるじのものとおぼしき洗濯物のシャツに潜り込んだ。刺す機会を狙って決死の行動だったのだが、あるじは何も知らず洗濯物をたたんでしまい込んだ。翌日か翌々日かはっきりしないが、朝「痛ぇー!」の声があがった。

 あ る じ:また刺されたー!アロエ、アロエ、スズメ蜂だー、この野郎、殺して
      やる!(グシャ)
 かみさん:今度はどこ刺されたの?やっぱり痛かった?
 あ る じ:バチッだよ、やっぱりあの刺し方はスズメ蜂だったよ。心臓に近い所だ
      よ。
 かみさん:あぶない所ばかり刺されるねえ。医者は?蜂は?
 あ る じ:こんなシャツの中にいるとは思わないじゃないか、ここに潰れてるよ。
      アロエ貼っておけば大丈夫。今日は休みで良かったなぁ』

 以上は、一撃当蜂が息を引き取る前に送信されて来た内容である。
あるじは、一命落とした攻撃にも生き延びた。なんて奴だ。しかし、ここであるじがおかしくなっていたら、この話も無かった。亡くなった先祖には悪いが、まあ良かったか。
 それからは何事もなく過ぎたが、ある夜、大風が吹き出した。これが悲劇だった。
 二度も刺されてあるじが報復したのか、いやそんな事をする男じゃあない。何も知らずやったのだろう。戸袋から雨戸を引き出して雨戸を閉めてしまった。運の良い男である。我々の動ける暖かい時だったら、あるじはこの世に存在せず、この話も無かった。一族の悲劇栖が壊されてしまった。
 翌日、雨戸をしまいながらあるじは言っていた。「あれぇ〜?こんな所にゴミが一杯だ、何のゴミだ〜?(ゴミじゃない、我々の巣だ)」あるじも気付いた。「あれぇ〜!これはスズメ蜂の巣の跡だ〜」 かみさんの憎らしい一言、「やったじゃない!(クソー!である)」
 2年目、我々はかみさんに一撃をくらわした。
 我が母親の女王は、昨年あるじが一撃をくらったサザンカの垣根に巣を作った。
のほほんとしているあるじ達は気付かない。ただ、「またスズメ蜂が飛んでるよー、どこから来るのかなあ」と言っている。生き延びた事を知らないのである。また、仲良くやって行きましょうや。
 ところがである。チョキチョキしかやらないはずのかみさんが何を思ったのか、ある日草取りをし始めた。しかも我々の巣を隠していた草をである。見張りの報告を受け、「やったじゃない!」の敵討ちをしろと言われ、一匹飛び出した。しかし、何を焦ったのか、優しいやつだったからなぁ、急所を狙わず指に一撃をくらわせた。

 かみさん:痛いー!
 あ る じ:どうした?ハァーハァー(走って来たため)
 かみさん:スズメ蜂に刺されたー、見たー!
 あ る じ:バチッだろう?どこだ、首か?
 かみさん:指よ、本当にバチッだね。
 あ る じ:良かったなぁ。
 かみさん:良くないよ〜、痛いよ〜、アロエ、アロエ。
 二  人:(かみさんはアロエを塗りながら)どうしてこんな所で…あれ!?こんな
      所に巣があるー!

 これで母親達の苦労も台無しになった。巣が丸見えになってしまったのだ。二人とも痛みを経験したために慎重になった。バチッをくらわせた甲斐があったもんだ。
 それからは、家の中から眺めたり、何もせず近くで眺めたりして「大きくなるな〜」と言ったりしている。
 見張り役は、休む暇が無くなった。日にちはどんどん過ぎてゆく。悲劇が始まる予感…。
 あるじは、ミツ蜂用の網付帽を買い、蜂用殺虫剤スプレーも買った。しゃくに障るじゃないか。ある時テレビで我々の駆除の仕組みを放映した。思った通り、二人はじっと見ていた。何日かたって、大きいペットボトルが庭先に3本ぶら下げられた。エサの虫がどんどん入っていく。寒くなって来てエサも少なくなるのに。二人は「蜂は入らないねぇ、越乃寒梅を入れたのにねぇ」と話している。
 この越乃寒梅って何だ?しかし良い匂いがするもんだ。しばらくたって、二人は「やった!蜂が入ってる」と叫んだ。「みんな入れば良いのに」と言っている。

 二  人:あれ?見張りがいないよ。ペットはどうだ…?うへ〜、蜂で一杯だ。巣
      の色も変わったなぁ。皆いなくなったのか、人間の家と同じだなぁ、住
      むものがいなくなるとダメになるんだなぁ」

と感心したり、安心したりしていた。
 これが二度目の悲劇である。安心するのはまだ早い。どっこい我らは生きている。その後、巣は飾り物になるかなと枝ごとはずさされた。しかし、あるじがヘボで途中で壊れた。ザマーミロである。
 そして今年、

 あ る じ:また蜂が飛んでるよ〜、巣はどこかな〜、また痛い思いしたくないよ〜
      。
 かみさん:そう言えば、蜂の巣は1年かぎりだって、冬はどこかで生きているらし
      いよ。
 あ る じ:テレビで女王蜂がまず住み処を作って、そこで仲間を増やし、別の所に
      巣を作ると言っていたよな。
      そう言えば、玄関の戸を開けて外に出たら大きい蜂が上から飛んできた
      から、慌ててしゃがんだら行ってしまったが、ありゃ女王だな、でかか
      ったから。しかし、奴らどこに巣を作ったのかなぁ。お互い気を付けよ
      う。

と言っている。しめしめ、我らの巣は見つかっていないぞ。安心の時は過ぎていく。おやじは例のごとく歩きまわっているが見つけられないでいる。やっぱり、奴はバカだ。今度は判らないだろう。…と思っていたら、奴がクモの糸を切った。そうしたら巣の近くの枝が揺れた。クモの野郎でかい巣を作るんじゃない。見張りが危険信号を発した。今度は大勢で飛んだ。それをあるじが見ていやがった。

 あ る じ:蜂の巣は椿にあるらしい、気を付けろ。
 二  人:あった、こんな所だ。高い所に作るね〜。今年は大きいなぁ。やっぱり
      生きているんだなぁ。

 そうなのだ。我が女王は背の低い二人に見つからないよう高い所に作ったが、かみさんが昨年刈り込んでおいた椿の木だったので片側は丸見えだったのだ。
 20日ほど過ぎて、ペットボトルがまた3本下がった。バカめ、その手は桑名の焼きはまぐりだ、と言っていたのに1匹入ってしまった。その哀しい羽音が今も聞こえる。注意しろ、みんな!
 女のくせにかみさんは怖いもの知らずだ。昨年痛い思いをしたのに、近くの枝を3本切った。何でもお花の材料用だと言っている。

 かみさん:枝を切ったら、5〜6匹に襲われた。怖かった〜!
 あ る じ:何も無かったのか?そんな所切らないでも他にあるのに。
 かみさん:切った枝を持っていたから、しゃがんで頭の上で振り回していたら、ど
      こかに行って助かった。

 そうなのだ。我々はあるじを悲しませたくないので、許してやったのだ。と言うのも、どうもあるじは何かをやろうとしている気配があるからだ。やるなら女より男をだ。網付帽もスプレーもあるから不気味なのだ。それに、我らの生態を伺っているらしい気配もある。仲間がクモの巣にかかったエサを獲るのをじっと観察していたと言う報告もある。
 今年こそは何か大事が起こりそうだ。その時はみんなでやるぞ!今から警告しておく。時はいつか。平穏無事の時は過ぎていく。寒さはつのる、気を付けろみんな。我々の葛藤と報復は続くぞ。
 読者の皆さん期待して欲しい。あるじの訃報が届くのを…。


             平成18年3月 海宝陽二宅に居を構える、あるスズメ蜂
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